月齢占いの性格判断では豊臣秀吉が意外に当てはまらなかったことを前項で話しましたが、じつは織田信長や徳川家康のように生誕日がはっきりしている武将はむしろ、珍しい存在です。
戦国時代の武将は自分の生誕日を隠していたことの方が多かったのですから。
というのも、自分の生誕日をはっきりさせるというのは敵方陣営に情報を教えることに他なりません。
平安時代にはすでに西洋占星術が空海を始めとする遣唐使によって日本に流入。
密教占星術や宿曜道という名目で占星術が行われていた他、陰陽道や八卦、風水などもすでに存在していたので、生誕日が分かれば性格が分かってしまうだけでなく、陣営の弱点まで知られてしまうと信じられていたからです。
戦国時代には優秀な軍師と呼ばれる武将が多く輩出されました。
山本勘助や竹中半兵衛が代表的な存在で、実際、戦略に長けていた武将もいますが、これら軍師の中には宿曜道や陰陽道を用いて、出陣の日取りを決めたり撤退時期の進言を行ったりした武将もいたのです。
大事な合戦に占いを用いるなんて、と嘲笑することはできませんよね。
ロナルド・レーガン元大統領のファースト・レディ、レーガン夫人なんて占星術でホワイトハウスの日程を決めていたし、今でも日本では結婚式の日取りに大安を選ぶのですから。