実は、私は治療院のスタッフでもあった。人間の医学とか、健康とか、また治療にも興味があったので、ある時期には、いろいろな治療家の先生のところで働いたりもしたのだ。先ほど述べた、N治療院でも整体治療の助手をさせていただいていた。
ところで、治療院には多くの治療器具があるものだが、毎回大勢の患者さんによって使われているうちに、だんだん傷んでくる。電気治療具なども断線したり、部品が磨耗したりと、どこか不良箇所が出てくるものである。それを見つけて一回でも、直したりすると、「そんなに器用なら、これも直せないか」といろいろなものを持ってこられる。
直すと、喜ばれ、喜ばれるのが嬉しいから、また引き受けてしまう。そんなことが続いて、あるときに機械のモーターを直しているのを患者さんに見られて、「先生、いつから電気屋さんになったの?」と言われてしまう始末。院長に治療をもっと教えてもらいたいと頼んでも、「じゃあ、これを直してから」という感じ・・・
たしかに、専門の電気修理屋を呼んで直してもらうと、高くつく。私はそれを知っていたから、「この機械を開けて中をみましたが、モーターのカーボンブラシが磨耗しているだけですから、それを取り替えればまだ使えますよ。ただし、この部品を扱っているのは秋葉原のコレコレという専門店だけですね」などと教える。すると、やはり、買い出しに使われてしまうハメになるのだ。
実は、あの温灸器製作依頼もこういうことがきっかけだったのだ。近所のO治療院でも、少し働かせてもらったことがある。そこではマッサージを教えてもらったりもした。ところが、ある時、掃除機が壊れたというので、それを分解してみると、修理する箇所が分かったので直してしまった(やはりモーター部分が悪かったのだ)。そこから、またまた修理の依頼が続き、当分は治療の助手と低周波治療器の断線修理、部品やヒューズの取り替えなどを掛け持ちで行うようになった。
ところが、果てはエアコンの取付け、湯沸器の修理、ドアの取り外し、ペンキ塗り、テレビのアンテナ調整、照明器具取付けなどまで依頼され、まるで便利屋のようになってしまった。ここでも患者さんから、壁に電線を設置しているところを見られ、「先生、不景気なんだから、電気屋さんの仕事まで、取っちゃあ駄目だよ(笑)」と言われ、苦笑い。
そこで、「よし、治療院専門の便利屋になってやろうじゃないか」と思い直し、こんどは他の治療院も含め、積極的に仕事を取ってきた。すると、治療ベッドの歪みの調整から、お灸用のもぐさ詰め、患者さんの宛名ラベル作成など、実にいろいろな雑用がもらえた。なかでも、電気器具の断線修理はいちばん多かった。大体は修理できたが、手に追えないものはもちろん、専門の業者を呼んだりもした(それ自体も代行業務で一応は仕事である)。
そのうち、治療院との間で信頼関係が築かれると、こんどは「こんなものを作れないか」と、試作の依頼が舞い込むようになる。たとえば、目の周りを温めるような特殊な保温器具とか、いびき防止用の鼻輪グリップを発展させたものなど、それぞれの治療院のオリジナル治療器具ということだろう。しかし、具体的な形まで提示されていないので、こちらとしては「自由樹脂」などでイメージを形にして、「こんなものですか」と問い返すしかなかった。
すると、大体が「いいや、違うなぁ」となる。あるいは、「とてもよい。こういうのが欲しかったんだ」と言われることもあった。しかし、それではこちらのアイデアまでを提供してしまうことになる。やはり、試作を引き受ける際には、具体的な構想、形ができあがったものでないと、その後の段階がスムーズに行かない。それに、たとえ気に入られても、アイデアまで提供することになってしまうのだ。それだったら、最初から、自分で発案して作ったものを売り込んだほうが、よっぽとよいわけだ。