治療家といっても、それには鍼灸師、柔道整復師、マッサージ師、整体師、カイロプラクティック師など(他にも)、いろいろなものがある。
いま、日本では、病院より身近に相談を聞いてもらえることや、じっくり体を診てもらえるということで、こうした治療院に通う人はかなり多い。ちょっとした頭痛や腰痛だけで、病院に行って診てもらうのは気がひけても、治療院なら通いやすいということもあるのかもしれない。それに、最近の治療院では、クイックマッサージをはじめ、もっとエステ感覚に近いアロマテラピーやオイルテラピーなども取り入れるようになってきたので、治療というよりは養生としても、気楽に行けるようになったのだろう。
そういうこともあって、治療家を目指す人も増えているようだ。また、定年退職を向かえた人が新しく、整体やカイロなどの勉強をして、開業に到るというケースも確実に増えている。だから、治療院を経営する先生も、治療法や健康管理法において、他と差をつけられるような、何かオリジナルの特色を持っていないと、これからの時代、なかなか厳しいと思うのだ。治療家にはその分野における独創性が求められるというわけだ。
というより、もともと、治療家には、アイデアに優れ、独特な理論や治療法を展開させ、それを治療院経営にも反映させている、というような発明家タイプの先生が多いのもまた事実。そうした例を挙げてみよう。
新宿のN治療院の院長は、独特な手技整体の他に、灸治療も行っている。しかも、手作りの(外枠が木製)温灸器を使っての治療だ。その温灸器に、中国から取り寄せた良質の炭の棒を差し入れ、火がつけられる。ほどよい煙が上がると、温灸器ごと患者の患部に当てがわれる。一人の患者に幾つもの温灸器が取りつけられることもある。温灸器はタバコのケースほどの大きさのため、これがテープで患者の体に付けられる(温灸器の底部)。
もう何年も前だが、そこの院長先生から、このオリジナル温灸器を手作りで量産してほしいと頼まれ、大量に作ったことがある。温灸器は、基本的には木材とステンレス、網などを使っていた。網状の筒の中に炭棒を入れ、それがステンレスの内枠に取りつけられた金具のバネによって、木製(外枠)の温灸器の中を上下に移動できる仕掛けだった。それによって、患者が熱いと言えば網の筒を上げ、お灸が効かないと言えば、少し下げたりと、灸による熱さを調節できた。
作成方法は聞いていたが、なにせ大量に作る必要があるために、いろいろと考えたあげく、作業工程を一工程少なくすることに成功した。それまでは金具をバネとして使っていたのだが、熱を伝えるステンレスの部分をバネとしても使えるように改良したわけだ。むしろ、この方がバネの効きもよかった。その後はこのタイプのものが使われた。
さらに、大きい温灸器が欲しいと言われた。院長先生が予め作ったものはなかったが、中国で使われているという木製の温灸箱(箱灸)を見せてもらった。この箱の中に熱したもぐさを入れて、箱ごと患者の患部に置くというものだ。箱の底面は、細かい目の金網そのもので、これが直接肌に触れないように、箱底の四隅は足になっていた。
箱の蓋をずらすことで外から入る空気量を変えて、熱さを調節するタイプだった。しかし、「この蓋をずらすことなく、熱さが調整できるもの」という課題まで与えられてしまった。蓋をずらすのは危ないので、よくないという理由からだった。しかも、もぐさではなく、例の中国の炭の棒を使いたいということだった。
温灸箱そのものは、温灸器よりも製作が簡単だった。しかし、蓋をずらすことなく熱さを調整する方法を考えなければならなかった。そこで、いろいろ思案した結果、蓋を閉めたまま、炭の棒を置いた金網を、箱の中で上げ下げする簡単な装置を設けることに成功したのだ。試作品ができた後には、もちろん自分の体を使って、効果を試してみた。デジタル温度計で箱内の温度も計測した。このようにして、比較的、最適なお灸効果が出せるような炭の位置を見出したりしたのだ。
これも大変に気に入られ、量産を頼まれた。温灸器は1個製作するごとに2500円、大きい温灸箱は1個5000円ということで話がついた。それを50個近く製作依頼されたので、それなりに纏まった金になった。温灸治療は1回、5000円ぐらいであり、温灸器は1個作れば、その後何十回も使えたので、治療院としても喜んでいた。また、温灸箱によるお灸効果もかなり上がっているということだった。実際、こうした変わったお灸が受けられる治療院としても、そこは評判であった。