漢字以前の神字(かんじ)とは?言葉の摩訶不思議学

ハングルは、字の如く「ハングル」→「唯一の文字」ということで、朝鮮半島に固有のユニークな文字体系というように、前に説明いたしました。ところが、もしも唯一ではなかったとしたら? そのことについて話しましょう。

「ミウチニシオイチネムタテマツル」(身内に塩一年奉る?)

九州は宮崎の、ある神社の境内の置石には、そのように読める不思議な文字が刻まれていました。1985年8月22日、その日、私が境内で紙に書き写していた文字は、神代文字の一種だとされる「アヒル文字」(阿比留文字)だったのです。

こんどは「神の字」と書く「神字」(かんじ)の話しになっているわけです。しかし、神代の文字といったら、相当に大昔の時代のものです。アヒル文字というのは、神代文字の研究家たちによって、そのように名付けられ、分類されていたものなのです。

実際のアヒル文字など、それまでに見たこともなく、それゆえ読めるはずもありませんでした。ところが、私は最初からそれを難なく読むことができたのでした。なぜかというと、アヒル文字は、韓国語のハングルと瓜二つだったからです。

多少の違いはありますが、ハングルを理解する者であれば、アヒル文字もある程度は読めるというわけです。当時、すでに私はハングルを読めたので、その神代文字の読み方も理解できたというわけです。では、ハングルはアヒル文字がルーツだったのでしょうか? その神社の建立は和銅3年(西暦710年)だったと記憶しています。文字が刻まれていた石も確かにかなり古いものでした。

しかし、ハングルは李氏朝鮮時代の世宗大王が当時の優れた学者たちを集め、彼らに創らせたもの。だから、朝鮮半島に固有のオリジナルの文字のはず。ハングル完成の年は1443年、その公布は3年後の1446年と、歴史的にもハッキリしているのです。

もし、この文字が本当にハングルより古く、それがハングルの基になっていた、などということになれば、それは日本の文字における歴史観の見直しのみならず、韓国語文字のアイデンティティにも係わる大問題に発展するでしょう。ハングルには「世界でもっとも合理的な文字」としてのプライドだってあるのです。

もちろんのこと、日本のアカデミックな学会は、漢字以前の、そうした日本固有の文字の存在など認めておりません。だから、アヒル文字のほうこそ、ハングルをまねて後世に創られた文字にすぎない、というのが一般的な解釈となっています。

この文字に限らず、他にも百種近くあるといわれる、すべての神代文字についても、いまのところは後世の偽作だとされています。まあ、全てとは言わずとも、その多くは後世に創られたものなのでしょう。中には、ヘブライ語の文字と瓜二つのものすらあるといいますが…。

と、このように神代文字にもさまざまな種類があって、まさに百花繚乱といった感じです。そして、問題のアヒル文字については、それが神代の歴史のものではないにしても、もしかすると本当に、ハングルのプロトタイプであったのではないかと考える人は意外と多いようなのです。実はかくいう私も、その可能性は捨てきれないのではないかと考える者の一人です。

まず、このアヒル文字というのは、朝鮮半島の下のほうに位置する対馬の「占部‐阿比留(うらべ‐あひる)家」に伝えられてきた文字だとされる点が注目されています。対馬という位置的環境を考えると、それは両国における古代からの交流の中継地点であったことが容易に想像でき、いろいろな思想や文化が交換されていたことも推察されます。

もちろん、ハングルが1446年に公布されてから、それが対馬の阿比留家に伝わったことも考えられるのですが、問題はハングルとアヒル文字の構造を比べたときに、明らかにハングルのほうが複雑でシステマティックにつくられており、そうした観点からすると、より原始的な構造のアヒル文字のほうが古いのではないか、という考えが頭をよぎるわけなのです。

しかし、これは日本語は母音で終わる言葉が多いこと、それに対して朝鮮語(韓国語)は子音と母音の両方で終わる言葉をもっていること、つまり前者の言語音はシンプル、後者では複雑といった言語構造の違いからも考察が必要なことなので、一概に「どちらが古い、新しい」というような結論は下せません。どちらがお手本になった文字なのか、今後の研究が待たれるところですが、いずれにせよ、対馬がキーワードであることは確かなようです。

ところで、こうした類の古い文字(神代文字とされるような)は、神社の境内や、あるいは洞窟や森などの聖域とされるような場所の石や岩などに刻まれていることが多く、日本各地に分布しているといいます(ただし、音は読めても、その内容は不可解なものが多い)。もしかすると、あなたの家の近くにもそうした神秘的な文字が残っているかも?

※追記

前に、ハングルの「S」の子音を示す文字(【図7】参照)は、歯で出す音のため、歯の形からその文字の形がつくられたという話しをしましたが、それゆえに、その文字がつくられた当初の形はより三角形に近いものだった可能性があります。また「歯」という漢字の篆書(てんしょ)(齒)の中には「三角」に見える形がありますが(【図3】参照)、この部分がハングルの「S」を示す字として採用されたのではないかとも思えるのです。こうしたことから、ハングルの「S子音の字」(【図7】参照)は、より古くはもっと三

角形に近かったのではないかと思うしだいです。そしてアヒル文字のS子音の文字(【図11】参照)は、そうした三角形に近い形なのです。こうして考えていくと、【図12】に示すような関係もあるのかもしれません。

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