漢字や象形文字は、モノの感じをうまくつかんでいる字という意味で、まさに「感字」といった感じです。漢字の成立ちもまた、東洋の神秘の一つでしょう。そして、もう一つの「感字」が東洋にはあります。ハングルです。
現在、大韓民国(韓国)と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)で使われている、このハングルは、15世紀の中頃に、当時の李朝第4代の王である世宗の命令によって、学者たちに作らせた新しい合理的な文字です。
そして1446年に公布されたハングルは当初、「民に訓(おし)える正しい音」という意味で「訓民正音」とも呼ばれました。「グル」というのは「文字」のことです。
だから、日本人の多くはハングルのことを「お隣の国、韓国の文字だから、韓字だ」なんて思っているのではないでしょうか。実は、ハングルの「ハン」は「韓国(ハングク)」の「ハン」ではなくて、「大」を意味する古語である「ハン」から来ているのです。
要するに、「大いなる文字」という意味がこめられていたのです。つまり「偉大な文字」ということです。では、どのように「大いなる文字」なのでしょうか?
ハングルは、王の命令のもと、学者たちによって合理的に作られた文字だと前に述べました。たとえば、子音の「ス(S)」にあたる文字の形(【図7】参照)は、この音が歯から出ることから「歯」を象った形から、意図的に創られたものなのです。
同様に、「ズ(Z)」にあたる文字も、「歯の音」なので「歯の形」から創られています(上下の歯を合わせずには、これらの音は出ません)。ちなみに「ズ(Z)」音のハングルの形(【図8】参照)は、日本語のカタカナの「ス」と全く同じであり、両者とも歯によって出る音なのですが、ちょっとややこしいですね。
「M」の音は、唇音といって、唇で出す音なので、人間の口全体の様子を表した、まさに漢字の「口」そのものの形と一緒なのです。では、喉(のど)で出す音(喉音)を示すハングルの形はいかなるものでしょうか?
気管を輪切りにすると円筒状になっており、その表面は丸くなっていますが、ハングルでも喉音を示す音を「○」(丸)で表しています。ほかにも、「K」や「R」に当たる子音(【図9】【図10】参照)なども、それぞれの音を発生した際の「舌の形」を象っているといいます。
ハングルに「○」(丸)や「□」(四角)の形に見える文字が多いのには、こうした人間の発声器官とそれによる音との関係を文字の形に置き換えた、当時の学者たちの思想が反映されていたわけです。
また、ハングルの「K」と[G]に当たる子音の形(※「K」と「G」は同じ文字で表わされる。→【図9】を参照のこと)は、どことなく日本語のカタカナの「カ」にも似ていますが、韓国では、その形は「鎌の形」としてのイメージもあるようです。
日本では「カ」は「鎌」(KAMA)の単語に使われている音なので、音から「鎌」をイメージしますが、韓国では文字の形から「鎌」をイメージするわけです(韓国語では「鎌」のことを「KAMA」と発音するわけではないのですが、「K」の子音文字(【図9】参照)がちょうど「鎌」の形に見えることから、そのようにイメージしたのでしょう)。
それからハングルの母音の形のほうですが、こちらは儒教の思想に基づいて、「天・地・人」のいわば三界を表しています。ハングルの母音の数は「基本的な母音」が10個、「複合的な母音」が11個もあり、全部で21個もあるのですが、それでも基になる母音は6個の基本型に集約されます。
そうした母音の形も、「点に近い棒線」、「横線」、それから「縦線」の3つの形により構成されているのが分かります。まず「点に近い棒線」は「天」(太陽)を、そして「横線」は「地」を、それから「縦線」は「人」を意味しているのです。
先ほど「ハングル」の意味は「偉大な文字」であると述べましたが、それにもう一つ付け加えておきたいことがあります。韓国・北朝鮮では「一つ」「一つの」のことを「ハナ」「ハン」といいます。
これは「ハングル」の「ハン」と同じ字体です。そこから「ハングル」は「唯一の文字」という意味にもとれるわけです(もちろん、こちらは当て字のようなものですが)。このように、ハングルもまた、東洋が生み出した、まさに「大いなる文字」「偉大な文字」、そして「唯一の文字」と呼べるものなのです。
※補記
子音の「S」にあたるハングルの形(ちょうど漢字の「人」という文字と似ている)は、この音が歯から出ることから「歯」を象った形から出来ていると述べましたが、このような例は他の外国語でも見られます。
たとえば「シュ(SH)」や「スッ(S)」の音を表すヘブライ語アルファベットの「シン」には、それこそ「歯」という意味があるのですが(「歯」という意味の単語 「シェン」からできたアルファベットともいえる)、その字形はやはり、人間の歯のようにも見えます。
また漢字の「歯」自体が、歯を象って作られており、日本語では「歯」の音読みが「し」で、「S」の音が入っていることも偶然ではないと思います。ちなみにヘブライ語の「シン」をはじめ、このような「S」や「SH」の音は「歯擦音」というように分類されています。