帰宅した後さっそく、頂いたビワのつぼみから子供ケサランがピンセットで摘み出され、それは顕微鏡の台にはりつけにされることになった。そこに西さんのような愛情はなく、多少は申しわけない気持ちにもなった。
ともかくまずは顕微鏡で観察。しかし何も反応は見られない。そこで何か刺激を与えてみようと、まず水を垂らしてみた。やはり何もない。そこでこんどは、圧電素子によって、子供ケサランに放電を掛けてみたりもした。まったく反応なし。
このように、何らかの反応を惹起させようと、さながら動物実験の様相を呈してもいた。これにすこし罪悪感を覚えつつも、引き続き顕微鏡下での写真撮影を行なった(写真参照)。もちろん、その後は、たっぷりと白粉を振りかけておいたので、ご安心を!
「もしやケサランは、十分すぎるほどに白粉が振りかけられていても、西さんのような愛情が振りかけられていないと、成長しないのでは?」 そんなことも思ったりした。それから何週間か経ったころ、筆者は見た! なんと、子供ケサランが一体ぶん増えているではないか。それに、他のケサランも心持ち大きくなったように見える。そのことが嬉しくなり、ひとりで祝杯をあげた。
「やっぱり、じぶんも十分にマニアックな部類だったんだ」 改めてそう自覚した。世相もそれとなく平和な、80年代後半のころであった。それから、13年ほど後の1999年、筆者はふたたび、西さん宅を訪れる機会をもつ。こんどは雑誌の取材としてだった。西さんもお元気で何よりだったが、ケサランに注ぐ愛情振りも相変わらず健在だった。
そのときの西さんによると、ケサランについて新しいこと、しかも画期的な発見があったという。何かというと、植物性ケサランのルーツは、ビワの木だけではなく、他の植物からも生じることが新たに判明したというのだ。つまり、綿毛や冠毛をもつ植物に白粉を振りかけておくと、そこから新たにケサランが生ずるというのである。
こうして、雑誌取材陣の前のテーブルに並べられたものは、「ビワの綿毛ケサラン」をはじめ、「たんぽぽの冠毛ケサラン」や「あざみの冠毛ケサラン」など、他の植物の綿毛や冠毛に白粉を振りかけて新たに作り出したという、文字どおり「植物性ケサラン」のオンパレードであった。
その中でも、西さんは「たんぽぽケサラン」にひときわ愛着を持っておられたようだ。取材陣にも「たんぽぽケサラン」を取材旅行のおみやげに持って帰るよう勧められ、ご丁寧にも白粉を振りかけたタンポポの冠毛を皆に分け与えてくださったのだ。