ニューヨークにあるジャズクラブ、ブルーノートが東京にチェーン店を出したのは1988年11月、バブル景気真っ最中のことです。
それまで日本のジャズクラブは一部のジャズファン以外には敷居の高い存在で、いかにもジャズを聞かせます、それ以外はおとなしくしていてくださいね、的な雰囲気があり、それがまたジャズ初心者のハードルを高くしていた要因でもありました。
元々、ジャズミュージシャンは儲かる仕事ではありません。
ただし技術や感受性は一流。
そこでポピュラーのシンガーはレコーディングの際、ジャズミュージシャンにスタジオ演奏を依頼していた経緯があり、それを依頼されたジャズミュージシャンはポピュラーの軽快さをジャズに取り入れました。
それがフュージョンというカテゴリーです。
フュージョンは1980年代初頭よりジャズが浸透している国々で人気が高まり、日本でも多くのスタジオミュージシャン結成のバンドが招聘されてコンサートが開かれました。
それら有名なフュージョンバンドを、ライブハウスという間近に見られるのがブルーノート東京だったのです。
しかも場所は青山、オシャレな内装とジャズハウスとしてはレベルの高い食事とドリンクを飲みながら。
これならジャズなんて知らない、という女の子でも連れて行けます。
そう、ホントは小難しいジャズ顔をしている人たちも、こんな開放的でオシャレなジャズライブハウスの登場を望んでいたのです。