「運とツキの話」カテゴリーアーカイブ

否定的な話題を遠ざけよ

めんめんと自分の不幸を会う人ごとに訴えている人がいる。また、他人の悪口を、辛辣、舌を刺すばかりに並べ立てるくせの人がいる。いずれの場合も、このような話は案外に面白いもので、人はともかく、その話を聞くことを好むものである。

なぜなら、それはいうならば、一種の「地獄の穴のぞき」だからだ。不要、恨み、怒り、悩みの中にもがいている人々を見るのは楽しい。それは地獄の中にある人々であり、そしてそれらの人を見るのは、自分は優越の地点より、そこを見おろしている安心感があるからである。 続きを読む 否定的な話題を遠ざけよ

成功者に接触せよ

ツキのない人々と交わっていると、自分からもツキが無くなってしまうように、その反対の現象もある。

すなわち、ツキのある人々と交わっていると、ツキが自分の方にもやってくるのである。富が欲しかったら金持ちと、地位や名声が欲しかったらその道の成功者と、出来るだけ接触する機会を持つことだ。

もし、直接的に会えないなら、講演会などで、その人の話を聞くだけでも良いし、それらの人の書いた本を読むだけでも、その効果がある。しかし、可能ならば、成功者と直接会話できるような境遇に自分の身を置くことだ。

もし、そのようなチャンスを得たならば、それは、あなたにとって成功への道を一歩踏み出したことを意味する。

成功者に接対しても、喜びを与えよ

成功者と相対した時、あなたは多弁であってはならない。あなたは、相手から成功の零囲気を自分の身に浸透させるのが目的だから、できるだけ相手に語らせ、それを拝聴するのである。いかなる成功者も、自己重要感を持っている。

もし、あなたが彼を尊敬し、その敬意が陰に陽に彼に対し示されるならは、それは彼の優越心をくすぐり、彼に喜びと快感を与えるに違いない。彼はあなたに成功の零囲気を与える。

そして、そのお礼として、あなたは彼に対し、敬意をささげるのである。この両者の間における交換は、好ましい気分を作り出す。すなわち「友好的」という気分を・・。

ツキとは「想念の波動」である

結局のところ、ツキとは「想念の波動」である。そして、それは自分の周囲から、自分に向ってやってくる波動である。自分の周囲が、暖かく好意的な気分で占められているならば、自分に向ってくるその波動も暖かく好意的なものとなる。これがつまり「ツキ」である。

ところで、その波動はまた「反射の波動」でもあるのだ。すなわち、最初は自分から周囲へ向って発信した波動に反応して返ってきたものなのである。ツキを自分から失わせる最も効果的な方法とは、要するに、他人の気分を害することに他ならない。

そして、そのような行為とは、例をあげれば次のようになる。 続きを読む ツキとは「想念の波動」である

ツキの大部分は人脈を通じて生ずる

「ツキが落ちる」といっても、それは何もおカネが入ってこなくなったり、失ったりする場合だけのことを意味するのではない。おカネ以外のことにも、失ったら不幸感を覚えるものは、他にいくらでもある。

まず「愛情」がある。異性愛、友情、自分に対する信頼度や信義を混じえた親近感などが失われることもある。「健康」がそこなわれることもある。これに関係したことが、若さや活力をなくすこともそうである。 続きを読む ツキの大部分は人脈を通じて生ずる

成功者の特質は、自分を客観視できることである

成功者に共通する特質の一つに、「自分を客観視できる」という点がある。これは、自分と他人が相対している時、それをあたかも第三者、すなわち観客的な目をもって、絶えず観察している、という意味である。この方法によって、成功者は常に、より公平に自分の言動を評価し得るのである。

将来自分の不利になるような部分を見出したら、直ちに、自分自身のむかっている方向の軌道修正をし、もって危険を最小限にくい止めようとするのである。そして、その次が最も大切な点なのだが、その時点において犯してしまったミスについて、「自分自身を許してしまう」のである。 続きを読む 成功者の特質は、自分を客観視できることである

信念の力を用いる者が成功者となる

あることを成功させるためには、その結果としての成功の姿を信じ念じつづけられるか?

ということが、その願望者に課せられた必須条件になってくる。

しかし、世の多くの人は、この信じ念じつづけるという意識行を、いつの間にか放棄してしまうか、あるいは、そんなことが出来る筈はないといったような疑い、あるいは不安にさいなまれる結果、その成功から遠ざかってしまうのである。 続きを読む 信念の力を用いる者が成功者となる

成功のイメージを絶えず脳裏にえがけ

成功のイメージを絶えず脳裏にえがいていると、その思念は潜在意識下に深く沈み、たくわえられて行く。これを仏教哲学ではアラヤ識と呼んでいる。

人間のおこなった行動の記録は「業」というものになって、アラヤ識に貯えられ、やがてそれは未来において、何らかの体験をするための原因となるのであるが、これと同様に強い思念もアラヤ識に入り、業となるのである。結局のところ、ツキというものも、この業のなせるわざの一つなのだ。

しかし、業には、その人に益をもたらすものと、害をもたらすものの二つがある。そしてそれは思念が良きことであるか(成功)または悪しきこと(失敗)であるかの違いによって、益か害かに分かれて行くのである。

挑戦を続ける者に勝利は来る

成功の思念をつづけられる人は、また現実行動においても、さまざまな手段をうむことなく試みられる人々である。

成功は思ったこと、願ったことの現実化であるから、勿論、行動しなければならない。

しかし、始めは財力もなく権力もコネもない状態である。

ここでは、考えつくことの限り、他人のアドバイス、また本などで得た知識、また突然のひらめきなどすべてを試し、それに挑戦してみることが必要である。 続きを読む 挑戦を続ける者に勝利は来る

チャンスには可能な限り挑戦してみよ

潜在意識からの応答は、どれが真実のものであるかの判断は非常にむすかしい。

それは、潜在意識はその構造が表層意識と全然異なっているものだからである。

潜在意識の深遠な計画を、時としては、皮相な人間智をもってはうかがい知ることが出来ない場合もある。 続きを読む チャンスには可能な限り挑戦してみよ

成功には三つの要素が必要である

成功を念じつづけ、行動しつづけている内に、一つのチャンスがやってくることによって、一気に上昇気運にのる。これを古人は「天の機」と呼んだ。およそ、人生において勝利をもたらすには次の三つの要素が必要である、という。

一、天の機

二、地の利

三、人の和

つまり、チャンスを迎える時、よい場所にいなければならない。これはしかし、日頃から行動していれば、潜在意識の導きで、自然に運の良い場所にいつの間にか来ているものである。 続きを読む 成功には三つの要素が必要である

失敗を恐れると成功にたどりつけない

実に平凡な格言だが「失敗は成功のもと」という言葉がある。この言葉だけでは平凡だが、しかしその真実の意味を理解している人は少ない。その真実の意味とは「失敗を恐れるな」ということなのである。また「失敗を避けようと思うな」という意味にさえ、時と場合によってはなる筈だ。

なぜなら、「どのような失敗にも、必ずそれ以上の価値を生み出す種子がひそんでいる」からである。またこの世には「体験という月謝」を支払うことなくしては得られない教えというものがある。人はそれを「経験」と呼ぶ。失敗を恐れてばかりいる人は、決断のできない人である。 続きを読む 失敗を恐れると成功にたどりつけない