話題を変えましょう。黒猫と作家の話です。
夏目漱石の処女小説「吾輩は猫である」の主人公、吾輩の毛色は淡灰色の斑入りとなっていますが、モデルとなったのは漱石37歳の時、夏目家に迷い込んできたノラの黒猫というのが定説です。
迷い込んでは猫嫌いの鏡子夫人につまみ出されますが、その度に戻ってきます。
ある日、出入りしている按摩のおばあさんが黒猫を見て、「この猫は足の爪まで黒うございますから、珍しい福猫でございますよ。飼っておおきになるとお家が繁盛します」と進言したことから漱石が飼おうと決意、夏目家の住人になり、「吾輩は猫である」の主人公になりました。
ご存じの通り、処女作が大ヒット作になって夏目漱石の地位を築く手助けをしたわけですから、確かに福猫と言えそうです。
この黒猫、小説と同じく最後まで名前がつけられませんでした。
だからといって可愛がられていなかったわけではなく、暑さが残る9月13日、箪笥の上でひっそりと亡くなった時、漱石は亡骸を書斎裏の桜の樹の下に埋め、小さな墓標を建てて「この下に稲妻起る宵あらん」、つまり安らかに眠れ、と願った一句を添えています。
日本史に残る文豪から辞世の句を詠まれたのですから、とても幸せな黒猫であったことは確かでしょう。