鍋島化け猫騒動の顛末

鍋島騒動の続きです。

光茂を襲った化け猫を退治したのは小森半右衛門という説の他に、光茂の父である勝茂と龍造寺家の確執の物語があり、粗筋の大半は同じですが、化け猫を退治したのは小森半右衛門ではなく千布本右衛門となっています。

千布家は実存し、菩提寺は佐賀県白石町の秀林寺です。

そして、この秀林寺には猫塚があります。

化け猫を退治した千布本右衛門、鍋島藩の英雄となりましたが、その後、千布家は男子に恵まれず、代々の藩主は養子を迎えていました。

不審に思った七代目藩主、千布久右衛門は鍋島騒動の時に成敗された化け猫の怨念ではないかと思い、塚を建て、尻尾が七本ある白猫を描いた掛け軸を作って毎年、猫供養を行なったところ、男子を授かるようになって家系が続いたそうです。

鍋島の化け猫騒動、まさに虚実入り乱れていますね。

ちなみに忠義心を示した飼い猫、『こま』という名の黒猫でしたが、化け猫供養になると白猫になって尻尾も七本になっています。

こういうところ、もうちょっときちんとしろよ、という気分になりますね。

我が家のシャーロックも黒猫なので、きっと忠義心が高いことでしょう。

私が妻に叱られている時、知らんぷりして大あくびをしていますが、やる時はやってくれると信じています。

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